意外と知らない さくらんぼのこと

意外と知らない さくらんぼのこと

さくらんぼと桜

「さくら」という言葉がついているさくらんぼ。桜とはどんな関係があるのでしょうか。
さくらんぼは、桜の木にできる果実で、桜の花の子房が発達してできます。

日本には10種類程度の桜が自生し、さらに品種改良で生まれた栽培用の品種は100種を超えます。(一説によると500種とも言われています)
その多くは、食用ではなく観賞用として大切にされてきました。

目にする機会の多い桜ですが、果実を食べるイメージがあまりないのは、このためかもしれません。 

甘くておいしい食用のさくらんぼができる桜はいずれも海外を原産とするものです。
その種も限られており、世界でも「西洋実桜」、「西洋酢実桜」、「支那実桜」の大きく3種しかありません。
日本で栽培されているさくらんぼのほとんどは西洋実桜です。西洋実桜はヨーロッパを原産とする桜で、品種改良を重ねて栽培されています。

「日本生まれの桜にさくらんぼはできないの?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
日本でよく目にするのは「ソメイヨシノ」という桜ですが、たしかにさくらんぼをたわわに実らせたソメイヨシノ、というのはちょっと想像が難しいのではないでしょうか。

じつはソメイヨシノをはじめ食用以外の桜にもさくらんぼはできるのですが、果実ができるのには条件があり、なかなか見かけることはありません。
私たちがソメイヨシノのさくらんぼを見たことがないのは、桜という植物がもつ「自家不和合性(じかふわごうせい)」という性質に理由があります。

さくらんぼと自家不和合性

「自家不和合性」とはどのような性質なのでしょうか。
簡単にいうと「自分の花粉で受粉しても、果実ができない」という性質です。

植物の花にあるめしべには、下の方に「子房」というふくらみがあります。
子房の中には「胚珠(はいしゅ)」とよばれる構造があり、外側にある皮の部分は「子房壁(しぼうへき)」とよばれています。
めしべが受粉すると、胚珠の部分は種子に、子房壁はふくらんで果肉となり、種子が果肉に包まれた果実ができます。

自家不和合性をもつ植物では、自分のおしべの花粉をめしべが受粉しても種子の形成や果肉の発達が起こらず、果実ができません。
つまり、ソメイヨシノどうしでめしべが受粉しても、果実であるさくらんぼができないのです。

ソメイヨシノがあちこちにたくさんあっても、そのさくらんぼを見ないのはこのためです。ごくまれにソメイヨシノの果実を見つけることもありますが、これは近くにある別種の桜の花粉を受け取ったからと考えられます。
ただ、ソメイヨシノに果実ができても小さくて苦みや酸味が強く、残念ながら食用になるものではありません。

さくらんぼの受粉

自家不和合性は、食用のさくらんぼが実る桜にもあります。
異なる種どうしの間で受粉しなければさくらんぼができないため、さくらんぼを栽培する農家さんは、2種以上の桜を育てなければなりません。

受粉には相性もあり、相性がよくない桜の種では異種間で受粉してもさくらんぼはできません。また、種が違えば開花の時期、満開のタイミングなどにも違いがあります。授粉樹(花粉を提供する桜)として使われる桜には、開花時期、満開のタイミングが重なっていることも大切です。

有名な品種の「佐藤錦」は、「ナポレオン」や「紅さやか」などが相性の良い授粉樹として知られています。

さくらんぼの花が咲くのはおよそ4月ごろ。開花時期や満開のタイミングが重なること、天気がよく適温でミツバチなどの活動が活発であることなど、この時期の状況がさくらんぼの豊作・不作につながるためさくらんぼ農家さんにとってとても大切な季節です。受粉にはミツバチやマメコバチといった昆虫が活躍するほか、長い棒の先端にダチョウなどの羽を取り付けた毛ばたきという道具を使って人工授粉行っている農家さんもあります。

花が散った後の桜の木には、緑色のさくらんぼがゆっくりと大きくなっていきます。開花から収穫まではおよそ40日~50日ほど。5月~6月あたりです。
収穫の時期になると、緑の葉がしげる桜の木にはきれいな赤色となったさくらんぼがたくさん実っていてとても鮮やかです。

どの味のさくらんぼになる?

佐藤錦の桜の木にナポレオンの花粉を授粉すると、実ったさくらんぼは佐藤錦とナポレオンの両方の味がするのでしょうか。紅さやかの花粉を授粉すれば、紅さやかの味もするのでしょうか。

佐藤錦の桜の木にナポレオンや紅さやかの花粉を授粉しても、できたさくらんぼの味は100%佐藤錦です。
正確にいうと、果実の中にある種子には受粉した花粉の遺伝子も受け継がれていますが、私たちが食用とする果肉の部分には影響がありません。

これは、果肉が子房壁からできているからです。子房壁はめしべの組織です。
私たちが食べているのは佐藤錦の子房壁が発達してふくらんだ部分なので、授粉に使ったナポレオンや紅さやかの影響は受けません。

日本のさくらんぼ栽培の歴史

日本のさくらんぼ栽培はおもに東北地方で行われています。とくに山形県の生産量は多く、日本で生産されるさくらんぼのうち70%以上は山形県で栽培されたものです。 

明治元年(1868年)、ドイツ人の農業指導者ガルトネルが、さくらんぼのなる苗木6本を北海道に持ち込みました。これが、現在につながる日本のさくらんぼ栽培の始まりといわれています。
その後、アメリカ人の開拓使ケプロンの助言から日本での本格的な栽培が試みられるようになったそうです。
全国にさくらんぼの苗木が配られましたが、東北・北海道を除くほとんどの地域では、梅雨や台風のある日本の気候が合わず、うまくいきませんでした。

山形県はさくらんぼの栽培に成功した数少ない地域の1つで、生産量も増加していきました。そして、大正11年(1922年)には品種改良によって、現在も人気の品種「佐藤錦」が誕生します。
佐藤錦は、山形県東根市の佐藤栄助氏によって生み出されました。
佐藤錦は、「ナポレオン」と「黄玉」を交配させ、苗木を育て、選別を重ねて16年の歳月を経てつくられました。
「桃栗三年柿八年」果樹が実るのには時間がかかります。さくらんぼも長い年月をかけ、たくさんの人たちの努力でおいしい品種が誕生しています。

おいしいさくらんぼの秘密

私たちが食べているさくらんぼは、実桜という桜がつける果実です。
何気なく食べているさくらんぼですが、自家不和合性という面白い性質をもっていたり、東北地方で生産量が多いのにもさくらんぼの普及につとめた先人たちの奮闘があったりと知られざる背景がたくさんあります。
こういったことも知ってみると、1粒のさくらんぼも一層おいしく感じるかもしれません。